〈プロ棋士 久保利明さんが明かす将棋のコマかい話〉

【銀将編】トリッキーに躍動する「銀」 数々の名勝負や伝説を演出

銀は真ん前と斜め前、斜め後ろの計5方向に1マスだけ動かすことができる。

トップに上り詰めるほどの棋士は、きっと少年時代から異彩を放っているのだろう。盤上の「王将」を守る「美濃囲(みのがこ)い」という駒の陣形を見て「美しい……」と感じた久保利明さんは、将棋の美とロマンを追い求め、7歳にしてその陣形を使った戦術をマスター。やがて「捌(さば)きのアーティスト」と称されるプロ棋士へと成長していく。
久保さんが得意とする美濃囲いの一翼を担う駒が「銀将(ぎんしょう)」、通称「銀(ぎん)」だ。前回紹介した「金将(きんしょう)」と並んで、攻守のバランスを支える重要な駒。両者とも真ん前と斜め前に進むことができ、さらに金は真後ろとヨコに、銀は斜め後ろに動くことができる。互いの守備範囲を補い合う兄弟のような存在だ。

斜め後ろというトリッキーな銀の動きは、攻めの場面でも重宝される。将棋には相手から奪った駒を自分の戦力(持ち駒)として使えるルールがある。久保さんは相手の守備陣形が甘いと見るや、持ち駒の銀を敵将の背後にパチリと打ち込む。一手で仕留めたいときはもちろん、相手の虚(きょ)を突いて前後から挟み撃ちをするように攻め、局面の打開を狙う。

「銀は地味だけど、やるときはやる。『意外性の男』のような駒ですね」。

銀の個性が発揮された伝説の一手がある。1989年のNHK杯テレビ将棋トーナメント。のちに「最強棋士」となり、国民栄誉賞を受賞する羽生善治さんと、「ひふみん」の愛称で人気となる加藤一二三さんの対局だった。

攻めてを欠き、劣勢とみられていた羽生さんが終盤、敵陣深くに銀を打ち込んだ。周囲は敵ばかりで、サポートする見方もいない。将棋の初心者が見れば「銀を簡単に取られてしまうだけでは」と思うような一手。だが、それは自分と相手の布陣や持ち駒といった戦力を比較分析し、先の先まで読み切った恐るべき手順だった。

その銀の一手が利いて形勢は逆転、一気にたたみかけた羽生さんが勝利を収める。久保さんは当時、プロ棋士の養成機関「奨励会」に在籍する中学生。「こんな手があったのか、と。素直に驚きました」。強烈なインパクトを残した銀。30年たった今も当時の感動がよみがえるという。

そして、プロ棋士になった久保さんも銀をめぐって名勝負を演じている。2010年に羽生さんと王将のタイトルをかけて争った一局だった。

終盤に追い詰められた久保さんは、羽生さんに対抗して一手一手、持ち駒を使って王手を防ぐ「合駒(あいごま)」を繰り出していく。銀、銀、角……。その駒を、その順番で打ったときだけ、その絶体絶命のピンチをしのぐことができる―。その手順を久保さんだけが読み切っていた。

「駒が進むべき方向が光って見える。そんな感覚になることがあるんです」。

羽生さんの猛攻を振り切り、奇跡の逆転勝利。その「3連続限定合駒」は、フィギュアスケートの難易度の高い3回転ジャンプになぞらえて「トリプルルッツ」と賞賛された。

「もし、僕に才能があったとすれば、折れない心だけなんです」と語り、最後の最後まであきらめない姿勢から「粘りのアーティスト」とも称される久保さん。だからこそ銀色に輝く光の道が見えたのかもしれない。

「銀」「銀」「角」のトリプルルッツ成功!

(2019年9月10日発行 ハンケイ500m vol.51掲載)

■久保利明(くぼ・としあき)
将棋界を代表するトップ棋士のひとり。1975年、兵庫県加古川市生まれ。4歳のころ、将棋に興味を持ち、淡路仁茂九段門下に入門。86年、棋士養成機関の「奨励会」入会。93年、17歳のときにプロ棋士に。駒を華麗に操る棋風から「捌(さば)きのアーティスト」の異名を取る。2015年6月~19年6月まで日本将棋連盟棋士会副会長。「負けが込んだときにも将棋を辞めたいと思ったことは一度もないんです」▽久保利明さん公式ツイッター⇒https://twitter.com/toshiaki_kubo