<出会う>京都のひと

「飲食店は『社会インフラ』。お客さんの日常を保つ場所だと思う」

生活の延長にある、イタリア大衆料理店。
イルピアット紙屋川 オーナー 水谷啓郎

■できることが仕事だと、くじけない

「飲食店は『社会インフラ』。日常の安定が難しい今、その外部部門である飲食店が日常を保たなければいけない」。

コロナ禍で小規模飲食店が次々休業、なかには閉店を余儀なくされている。この言葉がもつ意味はとても重たい。

新型コロナ対策で現在はテイクアウトのみの営業。「持ち出せ! イルピアット」をテーマに開発されたランチボックスは、パスタ、ご飯( 写真はタコライス)、キッシュの3種で1,000円。混雑を防ぐため、なるべく当日に電話予約を。

■不条理な社会。解は社会学にある

スタッフや客からは、トニーというニックネームで慕われる。水谷啓郎さんは愛知県豊橋市出身。「就職に有利」という理由で地元の工業高校に進み、卒業後は建築事務所に就職するも、腱鞘炎で図面が引けなくなり、2年後に退職。そこで選んだ道が得意の料理だった。両親が共働きで、小さいときから料理は自分で作ってきた。

名古屋の地中海料理レストランで研鑽を積み、24歳の時にシェフの知人の紹介で関西へ。西宮にあったイタリア料理店の料理担当を任されたのだ。界隈は大学が多く、客も学生が多かった。

「はっきりとは覚えてはいないんですけど、あの頃は、僕の実家が貧しいことや社会の不条理さについて文句を言ってばかりいたんだと思います」。

そんな水谷さんの嘆きに対し、カウンターに座っていた常連の社会学部の学生がこう答えた。「社会学にすべての答えがありますよ」。その言葉に、強く心を動かされた。

26歳。答えを求め、立命館大学に社会人入学。4年間、錦市場での仕事と両立させながら社会学漬けの日々を送った。卒業後は院に進学する話もあったが、水谷さんが選んだのは、またも料理だった。

ゼミ旅行で韓国に行った時のこと。裏路地でトッポギを売っているオモニに目が止まった。「たくましいな! と思いました。調理技術があればどこでも生きて行ける。僕はやっぱり、料理だなと」。

安心する、いつもの味。トマトソースと唐辛子のアラビアータ900円。

■学びを実践した快適なイタリア食堂

卒業後、円町に1号店を。紙屋川店は2号店で3年前にオープンした。水谷さんは「イルピアット」を「調理と社会学を合わせた店」と説明する。それはつまり、美味しい感情や居心地の良さを“保証する”場所。昔、円町店では社会人と並んだ時に学生が気後れしないよう、ボトルワインを1000円で提供していた。「これも快適に過ごすインフラのひとつ」と。

「できることを仕事にするとくじけない。でも、好き嫌いで仕事を選ぶと、途中で嫌いになってしまう可能性がある」。

これまで好きなことではなく、「できること」を仕事にしてきた。しかしオープンから16年が経ち、去年末頃からようやく、仕事を「好きなこと」と感じるようになってきたという。

「好きの種類もいろいろありますけど、生き甲斐、というのが近いかな」。

心がざわつく時も、いつも笑顔、いつもの味で日常に引き戻してくれる。なくなってからでは遅い。飲食店という存在の大きさを今、ひしひしと感じている。

(2020年5月10日発行ハンケイ500mvol.55掲載)

初夏は特に気持ちがいい。通りに開かれたオープンエアの店舗。

イルピアット紙屋川

京都市北区大将軍川端町22-1 ハウス花の木 東号室

▽TEL:0757780289

▽営業時間:11時15分~13時L.O.(13時半閉店)、17時~22時L.O.(23時閉店)

▽定休:日、月

最寄りバス停は「北野天満宮前」