<出会う>京都のひと

「老舗のプレッシャーとか、 まったくないですね」

地域に根ざした仕出し料理屋兼食事処。

魚政 店主 今井隆充

■人生、楽しまないと

「昔、六条通が『魚の棚(うおのたな)通』と呼ばれていたのは、魚屋がいっぱい並んでいたからで、うちもその1軒でした。当時たくさんあった仕出し料理屋も、今は2軒ぐらいに減りました」。

旧魚の棚通に面して建つ「魚政」。魚屋として創業した後に仕出し料理屋となり、現在は食事処に。時代とともに変化しながら、代々暖簾(のれん)を守ってきた。創業150年。堂々の老舗だ。

というわけで取材前は少々緊張していたのだが、奥の調理場から登場したのは、見るからにフランクな茶髪のお兄さん!

思い描いていた像とのギャップに、編集部一同、面食らってしまった。

お造り3 種、天ぷら、小鉢2 品、ご飯、味噌汁、香の物がセットになった、名刺代わりの上魚政定食は1,400 円。日替わり定食も750 円という良心的な価格のため、日参の常連も少なくない。夜は一品を供する居酒屋に。

■料理人と元プロレーサー 二足のわらじを履く男

療養中の当代の代わりに調理場を仕切る5代目こと今井隆充さんは44歳。まず最初に歴史ある店を継ぐ重責について尋ねたところ「老舗のプレッシャーとかまったくないですね」とあっけらかん。

実は、今井さんには、料理人とは別にモトクロスバイクの元プロレーサーというもうひとつの顔がある。業界では「イマタカ」という愛称で知られる。

「それまでは少年野球をしていたんですが、テレビで見てものすごくモトクロスに憧れた。お年玉を貯めて、初めてモトクロスに乗ったのは小学5年生の時。その時、プロになろうと思ったんです」。

そこからはめきめきと頭角を表し、中学時代には全日本チームの一員として海外遠征するまでに。プロデビューを果たしたのは21歳の時。常にケガと隣り合わせのプロレーサー人生は23年間続いた。本格的に店を手伝うようになったのは、引退した2009年からだ。

現在はテストライダーとしても活躍する今井さん。写真はデモ走行ゲスト出演のもの。

■何でも楽しみながらやる それがイマタカ流

「調理師免許は持っていますが、他所の店で修行したことはありません。でも、中央市場には小学生の頃からおつかいで行っていましたから。店では自分がこれまでに食べてきた家の味を作っている感じ。一番嬉しいのは、観光客の人がリピーターになってくれた時かな」。

料理人のキャリアこそ短いが、持ち前のセンスの良さでクリア。シマアジ、タイ、マグロの赤身が入った破格の昼定食。天ぷらや煮物、その味わいは洗練された仕出し料理屋の流れを汲む。

「レースは30分のスプリントなんですけど、同じ体力配分で料理人をしていては途中でガス欠になる。忙しくても淡々と仕事をすることを覚えました」。

昼と夜は料理人として。仕事の空き時間はインストラクターとして後継たちとトレーニングに励む。

「プロとして成功できなかった部分もある」。そうレーサー人生を振り返る今井さんの目下の目標は、門下生からの全日本チャンピオンの輩出だ。

「人生、なんでも楽しまないとね!」。

気負わず生きる。なにげない台詞に、ぽんと背中を押されたような気がした。

(2019年5月13日発行ハンケイ500m掲載)

ひとりでも利用しやすいカウンター。グループでの食事や宴席は小上がり席で。

魚政

京都市下京区六条通不明門東入ル仏具屋町168

▽TEL:0753513355

▽営業時間:11時半~13時半(平日のみ)、18時~22時半

▽定休:火