〈プロ棋士 久保利明さんが明かす将棋のコマかい話〉

【角編】「角」を速攻でパワーアップ デビュー戦から光ったセンス

角は盤上のマス目をナナメに好きなだけ動かすことができる。

「飛車」という駒を「相棒」と呼び、軽快に操る「振り飛車」戦法を武器にトップ棋士へと駆け上った久保利明さん。2009年には初タイトル「棋王」を獲得。2010年には因縁の「最強棋士」羽生善治さんを破り、「王将」を獲得、二冠王となる。そんな久保さんの一番好きな駒は当然飛車かと思いきや、愛してやまない駒がほかにあるのだという。

タテとヨコに整然と仕切られた盤上のマス目をどこ吹く風と、ナナメに颯爽(さっそう)と動く駒。それが久保さんの大切な「角(かく)」だ。遠くから一気に敵陣に切り込んだり、盤上のど真ん中に置いて四方八方に目を光らせたり、攻めにも守りにも躍動する貴重な存在。ただ、ナナメにしか進めない「斜に構える」性格は、弱点と背中合わせ。ちょっと油断すると進路をふさがれ、最も弱い「歩」にさえ、あえなく討ち取られてしまう。「だから、ひたすら大事に指します。使い方のセンスが最も問われる駒ですね」。そんな強さとはかなさが、久保さんをひきつけるのだろう。

対局では、駒の持つ力を最大限に引き出すのが、棋士の腕の見どころ。しかし、おもしろいことに将棋には、駒が途中でパワーアップできるルールも備えられているのだ。ただし、条件がある。それは「敵陣に攻め込んだ駒」であること。「おぬし、よくぞ敵陣に攻め込んだのう。その勇気をたたえるぞ」という褒美なのかもしれない。

パワーアップの証しとして、駒は裏に返して指し、角なら呼び名が「馬(うま)」へと変化。ナナメに加えて、タテとヨコにも1マスずつ動けるようになる。たかが1マスと侮るなかれ。これによって角は全8方向に進める性能を獲得し、弱点をカバー。最強の「王将」と肩を並べる強力な駒へと進化するからだ。「馬は一番頼りになる駒なんです」と語る久保さん。この馬を持てるかどうかが勝敗を分けるといっても過言ではない。

そんな角を扱うセンスを、久保さんはすでに17歳にして身につけていた。

1993年春のプロデビュー戦。50歳代半ばのベテラン棋士との対局は、開始直後から角の激しい取り合いとなった。将棋には相手から奪った駒を自分の戦力として、好きなときに使えるという独特のルールがある。久保さんは相手の一瞬のスキを見逃さなかった。取ったばかりの角をすぐさま、敵陣にポッカリと空いたスペースに指し、わずか8手目で馬へとパワーアップさせることに成功。果敢な速攻を見せ、優位に立った。

さらに「馬は自陣に引け」という将棋の格言に従い、馬を敵陣から戻して王将の守りを固める。離れた位置から敵将への「にらみ」を利かせるのも忘れない。馬をタテ、ヨコ、ナナメへと自在に動かし、相手の攻撃の芽をどんどん摘み取っていく。「捌(さば)きのアーティスト」の片鱗(へんりん)を感じさせる軽やかな駒さばきで相手の裏をかき、得意の「振り飛車」ではなく、飛車を定位置に据えたままの「居飛車(いびしゃ)」戦法を用いるしたたかさも見せて快勝した。「いまでも一手一手、鮮明に覚えています」。プロデビュー戦を華麗に彩ってくれた角。「勇敢な」駒がパワーアップしていくように、久保さんの成長ストーリーもここから始まっていく。

「角」は使い方のセンスが問われる駒だ。

(2019年5月13日発行ハンケイ500m vol.49掲載)

■久保利明(くぼ・としあき)
将棋界を代表するトップ棋士のひとり。1975年、兵庫県加古川市生まれ。4歳のころ、将棋に興味を持ち、淡路仁茂九段門下に入門。86年、棋士養成機関の「奨励会」入会。93年、17歳のときにプロ棋士に。駒を華麗に操る棋風から「捌(さば)きのアーティスト」の異名を取る。2015年6月~19年6月まで日本将棋連盟棋士会副会長。「負けが込んだときにも将棋を辞めたいと思ったことは一度もないんです」▽久保利明さん公式ツイッター⇒https://twitter.com/toshiaki_kubo