
「ブルーハーツをかける時だけは感情移入してしまう。 頼むから、この曲で盛り上がってくれよ」
リクエストに応じ流れる歌謡曲のレコード酒場。
ビートルmomo 店主 肥田博貴
■場末のバーのマスターを目指して
「君は、場末のバーのマスターにでもなったらいいんじゃないの」。
そう僕に言ったこと、彼はきっと覚えていないだろう。でも、なにげない一言が人の人生を変えることもあるのだ。
生まれ育った故郷・山口を離れ、東京を目指した理由は「音楽」だった。松田聖子や大滝詠一といった日本の歌謡曲を流すレコード酒場のマスターになるもっと前、肥田博貴さんは19才から24年の間を東京で暮らした。
「ブルーハーツが好きで。音楽をやりたいというと親に反対されると思ったので、高校卒業後に東京にある音響系の専門学校に入学しました。でも3ヶ月で辞めてしまって。周囲で音楽をしている人が多かったので音楽をしてる気になってたんですね。1、2回ライブもしたけど、客がまったく入らなくて」。

■モラトリアムを経て 目指したマスターの道
ライブハウスからは「もう来てくれるな」と言われる始末。地元に帰ろうにも、この状況で帰るわけにはいかない。音楽の道をあきらめ、次に目指したのは、なんとお笑い芸人だった。得意の音楽ネタを武器にオーディションを受けまくったが、結果は惨憺(さんたん)たるもの。派遣バイトで食いつなぎながら、芽が出ぬまま30歳を迎えた頃、バイト先の友人から投げかけられたのが冒頭の台詞だった。
「どういうつもりで言ったのかはわかりませんが、そういう考え方もあるのかなと。それにやったことのない分野だから素直に聞けたのかもしれません」。
バーテンダーの経験はゼロ。新宿にあった初めての修業先では、何もできず叱られて首になり、頭を下げてまた雇ってもらう……を繰り返した。しかし、「ここにしがみつくしかない」という執念にも似た想いが肥田さんを突き動かした。それからは独立に向けて様々な食の現場を渡り歩き、そして40歳の時、ついに自身の店をオープン。華の銀座でも、ほの暗い路地にある築80余年のテナント。それはまさしく、場末のバーだった。

■あの頃に時計を巻き戻す 歌謡曲で客に寄り添う
銀座では、修行していた新宿の店と同じようにレコードで洋楽を流していた。しかし、どうも反応が悪かった。
「そこでお客さんに聞いたところ、昭和の歌謡曲をリクエストされて、思い切って流したのがきっかけです」。
老朽化による立ち退きで銀座を離れ、縁あって京都に移り住んだ。でも、その儀式は変わらない。リクエストが入ると、バーのマスターからディスクジョッキーに。まるで宝物を扱うように、神妙な面持ちでレコード盤にそっと針を落とす。
「この店の雰囲気でこの曲は……と思う時もあるけど、僕はジュークボックスになりたい。ただ、音楽を目指す動機になったブルーハーツをかける時だけは感情移入してしまいますね。頼むから、この曲で盛り上がってくれよ」。
(2019年7月10日発行ハンケイ500m掲載)

ビートルmomo
▽TEL:0752548108
▽営業時間:17時~翌1時、日・祝16時~24時
▽定休:水曜

