祇園祭を支える人々の想い

〈祇園祭2020〉「神輿をきっちり守って行くのが、自分たちの役目です」

祇園祭の神輿にかける、四代目の覚悟。
森本錺金具製作所
森本安之助さん


八坂神社の神事である祇園祭の精神をひときわ強く感じるのが、3基の神輿による神幸祭と還幸祭だ。金色の錺(かざり)を付けた3基の神輿が「ホイット、ホイット」の掛け声とともに、白い法被姿の担ぎ手たちによって四条寺町の御旅所まで赴き、また八坂神社へと還る。この神輿の修復を担うのは、明治期から続く森本錺金具。四代目を継いだ森本安之助さん(58)は「神さんに対する仕事やから、見せかけだけのものではあかん。普段の作業の一つ一つから、神さんに向かう気持ちを込めています」と話す。

森本錺金具製作所 森本安之助さん(撮影/井上成哉)

錺金具は、銅の地金に模様を彫り、鍍金(ときん)や金箔を押して仕上げる。屋根の四隅を飾る小鳥、隅瓔珞(すみようらく)や平瓔珞(ひらようらく)など、繊細で雅やかな錺金具が神輿を飾る。四代に渡り名だたる神社仏閣の錺金具を手がけてきた森本さんをして、祇園祭の神輿は「地金の厚さ、細工の細やかさ、仕上げの丁寧さ。他と比べようがない、最高級の技術の集まり」という。

八坂神社の神輿を彩る錺「小鳥」。羽のひとすじに至るまで丁寧な細工が施されている(撮影/井上成哉)

だからこそ、その仕事も尋常ではなしえない。森本さんが家業を継ごうと決めたのは29歳の時。生まれ育った家を一度は飛び出し、履歴書持参で戻ってきた。「『遊び歩いていた息子が、帰ってきよった』くらいに思われていたんでしょう。いざ仕事場に入っても、何一つさせてもらえませんでした」。甘えは許されない職人の世界。下働きの金具洗いから懸命に仕事を覚え、ようやく仕事の流れや技法が一通り理解できるようになった頃、神輿修復の鍍金の工程を任される。燃え盛る炭火で錺金具をあぶって金鍍金を施す時、「自分の手で壊したらどうしよう、失敗したらどうしようと、怖くて怖くて。それでは仕事にならんから『エイッ』と思い切って、火の中に突っ込みました」。受け継がれてきた伝統の重みを、肌で感じた瞬間だ。

巧みに道具を使い分け、繊細な模様を仕上げていく(撮影/井上成哉)

以来、「自分の精一杯」を信念に励んできた。毎年の祇園祭では、3基の神輿の飾り付けも森本さんの仕事だ。神輿洗神事、神幸祭、還幸祭では、白装束に身を包み祭列を見守る。八坂神社の神輿を手がける職人として、神輿が蔵から出て再び蔵に収まるまで、ひと時たりとも気を抜くことはない。
「先代も神輿が好きでした。祇園祭に関わる人たちそれぞれに役割があり、プライドがある。神輿をきっちり守って行くのが、自分たちの役目です」。その手で覚えた技だけでなく、先代の心を引き継いでいく。祇園祭にかける、それが四代目の覚悟だ。


夏の京都を彩る祇園祭。今年は新型コロナウイルスの影響で、神輿渡御は74年ぶり、山鉾巡行は58年ぶりに中止となりました。平安時代、各地で流行した疫病を鎮めるための御霊会を起源とする祇園祭は、千百年を超えて、京都の人々が守り伝えてきました。その歴史は、裏方として支える人々の情熱の蓄積でもあります。祇園祭を、次へとつないでいくために。今、伝統を受け継ぐ職人たちの言葉が紡ぐ、祇園祭の夏が始まります。
〈文/龍太郎〉

(2020年7月10日発行 ハンケイ500m vol.56掲載)

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