<出会う>京都のひと

「鶏は自分の一生をかけて勉強するもの。死ぬまでこの仕事をしたい」

40年続く、地元人でにぎわう鳥料理専門店。

あん 店主 島崎安生

■鶏は魚よりも足が早い食材

鳥料理あんのもも揚は美しい。店主の島崎安生さんは執拗(しつよう)なまでに、いったんまぶした片栗粉をもも肉から取り除く。黄金色の油にすべりこんだもも肉は、小さな気泡を上げながらパチパチパチときれいな音を立てる。水分が残っているとは、バチっと嫌な音が立ってしまう。

島崎さんは音を聞く。8割がた火が通ると、気泡が小さくなり音が変わる。もも肉を油から引き上げて1分ほど休ませて、包丁を入れる。いつもどおり薄いピンクがかった色になったか、そのジューシーさを確認してから、島崎さんは盛り付け、からしポン酢を添える。

一連の動作はよどみない。そうして美しいもも揚が生まれる。

肉がジューシーな美しいもも揚。「塩が素材の味を引き出す。うそをつけない料理です」

■目利きと扱いに気を遣う、鶏という素材の面白さ

淡路島出身の島崎さんは高校のときに京都に引っ越してきた。卒業後、木屋町六角にあったグリル喫茶「明窓」で働いて、料理のおもしろさに目覚めた。22歳で祇園にあった鳥料理専門店「杉春」に転職して、8年働いた。

「料理屋は仕入れが大事。鶏は魚よりも足が早い食材だから、目利きも扱いも気を遣う。だけど、相場が変動しにくいよさもある」。

独立を考えたとき、鶏をメインにする店に迷いはなかった。鳥料理専門店での修行で、目利きには自信があった。鶏は鮮度が味に直結する。魚などと違って、価格の変動は少ない鶏なら腕があれば品質が安定するから、お客さんに喜んでも
らえる確信があった。

開店してから40年。今や予約なしでは入れない人気店だ。学生や家族連れ、近隣の人々で店はにぎわう。

店内はテーブル席とカウンター、奥には座敷がある。お品書きには値段が書かれていない。「お店を接待に使うお客さんもいるのと、食べる前に金額を見ると金額でしか味を見れなくなるでしょう。でも焼き鳥はそんなに高いものじゃないから心配しないで」

■25ものお品書き、今も新作を準備中

鳥料理あんには部位と料理法別で25種もの品書きがある。よくもまあ、たった1つの食材でこれほど多くのアレンジを考えられるものだ。その部位が最もおいしく食べられるようにと、島崎さんは工夫を凝らす。

たとえば造り。「だき身」はむね肉をしょうがじょうゆで出す。「とりわさ」は軽く湯通ししたむね肉をわさびで和える。「心造り」は心臓をしおとごま油で和えたユッケ風の味付けだ。

さらに「揚物」の欄にはもも揚、もも天、ももカツの3種。どう違うのか?「もも揚は素揚げに近い。薄く衣をつけたもも天はポン酢に合う。ももカツはケチャップと合わせたソースで。ソースでも味が変わるんです」。

25品にメニューが絞られるまで、気が遠くなるほどの試作を重ねた。今もまた新作の準備中だ。

「鶏は自分の一生をかけて勉強するもの。死ぬまでこの仕事をさせていただけたら幸せです」。

美しさの背後には必ず努力がある。美しいもも揚もまた、島崎さんの努力によって支えられている。

(2019年9月10日発行ハンケイ500mvol.51掲載)

あん

京都市左京区浄土寺下南田町33

▽TEL:0757517869

▽営業時間:17時30分~22時30分(22時LO)

▽定休:木曜