
「音楽もカレーにも正解はない。音も味も更新するのが楽しい」
カレーとコーヒー、音楽が調和する喫茶店。
喫茶イノ 店主 井上智恵
■どこかの国の郷土料理みたいな懐かしさ
鹿ヶ谷通りに漂うスパイスの香り。芳香の先には、まるで個人宅のような一軒の店がたたずんでいた。
「いつからカレーが好きになったか? 初めて作ったのはいつだったかは覚えていないですね。気付いた時にはカレーに取り憑かれていたので」。
幼少期からカレー好きを自認する店主・井上智恵さんのウィットに富んだ返しに、のっけから笑ってしまった。
大阪で実家の仕事を経理として手伝いながら、平行してイベントでカレー屋として出店するようになった。他にも文章も好き、映画も本も音楽も好き。コーヒーも好き。好きを伝えるフリーペーパーを作っていた時期もあったそうだ。

■大好きな音楽を追いつつ、深まったカレー道
実に、多才。そんな井上さんには、喫茶店の店主のほかに「鍵盤奏者」というもうひとつの顔がある。
20代の頃、趣味で始めたアコーディオン。その後、トリオバンドを組み、解散後はソロのミュージシャンとして活動している。年明けに2枚目のソロアルバムを発表した井上さん。チープな音感が愛らしいカシオトーンの音色をシンセサイザーも取り入れて多重録音した意欲作だ。
ザーも取り入れて多重録音した意欲作だ。ちなみに井上さんのパートナーは日本では数名しかいないシンセサイザーの制作者。店の2階がアトリエだ。
音楽イベントで出会ったパートナーの後押しもあり、2012年に大阪の天神橋六丁目で「喫茶イノ」を開店。当初はスリランカカレーをベースにしたカレーを作っていたが、ミュージシャン仲間が自然農で育てた野菜に触れ、そのパワフルな味わいに衝撃を受けた。
「美味しい野菜をスパイスまみれにするのは忍びなくて。インドやスリランカカレーも好きだけど、毎日はちょっとしんどい。毎日でも食べたい和食のようなカレーを目指すようになりました」。

■カレーと音楽には更新できる楽しさがある
そして、オーガニックへの理解が深い京都の地に引き寄せられて、2019年1月に店を移転オープンさせた。
井上さんは調味料もオーガニックなカレーについても、「こうあるべきという思想はなくて、ただ美味しいものを追求したらこうなっただけ」と笑う。それはカレーとコーヒー、音楽が調和した店も同じ。「好きなものを集めた」と。
「スパイスは、さほど重視していないから、カレーという呼び方もどうなのかなと思うときもあります。でも『懐かしくて、どこかの国の郷土料理みたい』と言われて、しっくりきました」。
音楽もカレーにも正解はない。音も味も更新する楽しさがある。まだ完成はしていないし、することはない。作りこむプロセスを楽しむ――。カレー作りに傾倒するミュージシャンが多い理由が、少しわかったような気がした。
(2019年9月10日発行ハンケイ500mvol.51掲載)

喫茶イノ
▽TEL:なし
▽営業時間:12時-18時(L.O17時)*火曜のみ12時-15時(L.O14時)
▽定休日:水、木

