<出会う>京都のひと

「音楽もカレーにも正解はない。音も味も更新するのが楽しい」

カレーとコーヒー、音楽が調和する喫茶店。

喫茶イノ 店主 井上智恵

■どこかの国の郷土料理みたいな懐かしさ

鹿ヶ谷通りに漂うスパイスの香り。芳香の先には、まるで個人宅のような一軒の店がたたずんでいた。

「いつからカレーが好きになったか? 初めて作ったのはいつだったかは覚えていないですね。気付いた時にはカレーに取り憑かれていたので」。

幼少期からカレー好きを自認する店主・井上智恵さんのウィットに富んだ返しに、のっけから笑ってしまった。

大阪で実家の仕事を経理として手伝いながら、平行してイベントでカレー屋として出店するようになった。他にも文章も好き、映画も本も音楽も好き。コーヒーも好き。好きを伝えるフリーペーパーを作っていた時期もあったそうだ。

天草大王鶏挽肉とひよこ豆( 野菜)カレーと副菜3種1,500円は、季節の野菜をはじめとした素材の力強い味わいに圧倒される名物プレート。食後にはネルドリップで淹れる無農薬コーヒー500円~を。

■大好きな音楽を追いつつ、深まったカレー道

実に、多才。そんな井上さんには、喫茶店の店主のほかに「鍵盤奏者」というもうひとつの顔がある。

20代の頃、趣味で始めたアコーディオン。その後、トリオバンドを組み、解散後はソロのミュージシャンとして活動している。年明けに2枚目のソロアルバムを発表した井上さん。チープな音感が愛らしいカシオトーンの音色をシンセサイザーも取り入れて多重録音した意欲作だ。

ザーも取り入れて多重録音した意欲作だ。ちなみに井上さんのパートナーは日本では数名しかいないシンセサイザーの制作者。店の2階がアトリエだ。

音楽イベントで出会ったパートナーの後押しもあり、2012年に大阪の天神橋六丁目で「喫茶イノ」を開店。当初はスリランカカレーをベースにしたカレーを作っていたが、ミュージシャン仲間が自然農で育てた野菜に触れ、そのパワフルな味わいに衝撃を受けた。

「美味しい野菜をスパイスまみれにするのは忍びなくて。インドやスリランカカレーも好きだけど、毎日はちょっとしんどい。毎日でも食べたい和食のようなカレーを目指すようになりました」。

2階のアトリエには見たこともないシンセサイザーが並ぶ。

■カレーと音楽には更新できる楽しさがある

そして、オーガニックへの理解が深い京都の地に引き寄せられて、2019年1月に店を移転オープンさせた。

井上さんは調味料もオーガニックなカレーについても、「こうあるべきという思想はなくて、ただ美味しいものを追求したらこうなっただけ」と笑う。それはカレーとコーヒー、音楽が調和した店も同じ。「好きなものを集めた」と。

「スパイスは、さほど重視していないから、カレーという呼び方もどうなのかなと思うときもあります。でも『懐かしくて、どこかの国の郷土料理みたい』と言われて、しっくりきました」。

音楽もカレーにも正解はない。音も味も更新する楽しさがある。まだ完成はしていないし、することはない。作りこむプロセスを楽しむ――。カレー作りに傾倒するミュージシャンが多い理由が、少しわかったような気がした。

(2019年9月10日発行ハンケイ500mvol.51掲載)

「ひとりで入ってリセットできる場所。そういう空間でありたい」。店内には井上さんセレクトのBGMが浮遊する。

喫茶イノ

京都市左京区浄土寺下南田町156

▽TEL:なし

▽営業時間:12時-18時(L.O17時)*火曜のみ12時-15時(L.O14時)

▽定休日:水、木