<出会う>京都のひと

「紅茶目当てのお客さんは、シャボン玉の膜の中に入った状態。他のものに気付かない」

大人限定の空間。緑のしつらえが美しい紅茶専門店。

ティーハウス アッサム 店主 出口晴治

■もっと常識に対して疑問を感じていい

山裾の自然に囲まれた、グリーンが美しい隠れ家・紅茶専門店アッサムをご存じだろうか? 遠くからわざわざ足を運ぶファンも多い。

紅茶を淹れる出口晴治さんは和歌山県出身。美大を卒業後、小学校の非常勤講師を務めたが、24歳の頃に姉や知り合いのツテをたどって京都にやってきた。知人宅で居候をしながら喫茶店で働いていたが、縁あってデザインの道に進んだ。

不惑の40歳を迎えて「まったく違う仕事をしたい」と始めたのが、2006年に開店したアッサムだ。

「冷めると香りが立たないので」。ほんのり温かい状態で供されるケーキ ナンバーナイン(アイスクリーム付き)700円。ココナッツミルクのソースをサンドした、ココナッツづくしの人気メニューだ。アッサムティー800円。

■好奇心と探求心、研究熱心な性格

紅茶だけを扱う専門店は当時は少なく、また出口さん自身もコーヒーの知識はあったものの、紅茶の知識はゼロだった。「喫茶店の仕事の内容はわかっていたので、妙に自信はあったんです」。

紅茶専門店を開くにあたり、いかんなく発揮されたのが、持ち前の好奇心と探究心だ。

「紅茶には美味しく淹れるためのゴールデンルールがあるんです。ただ、業務にゴールデンルールを取り入れるとどうしても味にムラが出てしまう」。

ゴールデンルールのひとつに、一定時間、茶葉を蒸らすことがある。しかし何人ものお客さんが来店すると、温度も時間もコントロールが難しくなる。そこで編み出したのが「湯煎点(ゆせんだ)て」。中国茶の作法からヒントを得た、独自の淹れ方だ。

お子様連れはお断りしている。大人だけに許された空間。

■山野草に触れて美意識が一変

アッサムの魅力は紅茶だけではない。エキゾチックな絨毯(じゅうたん)、作家もののタペストリー、そして今も現役の真鍮管(しんちゅうかん)のアンプ、6頭の愛犬……。この空間には、出口さんの「好きなもの」がいたるところに散りばめられている。

「紅茶を目当てに来たお客さんは、まるでシャボン玉の膜の中に入った状態。店にある他のものに気付かない。何も感じることなく膜の中に入ったまま帰る人もいるし、ある日突然弾ける人もいる」。

弾けるとは、すなわち気づく。人によって弾ける対象は異なるが、興味をそそられる人が多いのが「山野草(さんやそう)」だ。

現在地に移転する前の店では、紅茶=英国という固定概念から、イングリッシュガーデン風の設えにしていた。しかしある日、山野草の世界に触れて、出口さんの美の価値観は一変した。

「山野草は自由でのびのびとした魅力にあふれている。それまで育てていた花がプログラムされたものに思えてしまって、つまらなく感じたんです」。

完全無肥料によるバラ栽培だ。「みんなもっと常識に対し、疑問を感じていいんじゃないかな」と笑う。

美味しい紅茶は訪れる理由に過ぎない。「シャボン玉」が割れるきっかけは、アッサムのあちこちに仕掛けられている。

(2019年9月10日発行ハンケイ500mvol.51掲載)

ガラス張りのスケルトンになった自宅兼店舗は建築士に依頼したもの。アッサムの建物もまたひとつの作品だ。

ティーハウス アッサム

京都市左京区鹿ヶ谷上宮ノ前町53

▽TEL:0757515539

▽営業時間:12時~16時半/木曜定休